今回紹介する「検索してはいけない事件」は
パリ人肉事件
佐川一政
です。
人肉って鶏肉みたいな味がするみたいですね。食いたいとは絶対に思いませんが。
”パリ人肉事件”とは?

(写真のお肉は何の関係もありません。)
”パリ人肉事件”はその名の通り、パリで実際に起きた猟奇的殺人事件のこと。
検索してはいけない言葉でもかなり有名な言葉です。
1981年に日本人留学生の佐川一政が知人のオランダ人女性を殺害し、その遺体を食べ、その死体をさらに強姦するという想像する事すら嫌な事件。
「佐川一政」でも調べるとこの事件が出てきます。
事件の詳しい概要は
当時32歳の佐川一政が当時25歳の友人のオランダ人女性を自宅に呼び出し、背後からカービンライフルで射殺。そして服を脱がして強姦。その後体の一部を生のまま・・・・。さらに遺体を解体して写真を獲ったり、フライパンで調理するなど常軌を逸する行動をした。そして6月13日、残った遺体をスーツケースに収めてブローニュの森の池に捨てようとしたところを目撃されて逃亡。2日後に逮捕されている。
事件の犯人: 佐川一政

では、このパリ人肉事件の犯人「佐川一政」について紹介していきます。
彼の家庭環境は複雑でしたが、父は「朝日新聞論説委員」、母は「神戸の裕福な貿易商の娘」という裕福な家庭で育ちました。
- 幼少期
- 成人後
- フランスへの留学
この順番で見ていきましょう。
幼少期

佐川一政は生まれた時、父親の手のひらに載るほどの「未成熟児」。
生後1年の時には腸炎を患った上、静脈注射でカルシウム等を摂取しないといけない程の虚弱体質でした。
とはいえ、そのまま何とか成長していき「内向的ながらも芸術好きな少年」となっていきました。
ただ、その当時に叔父による「幼い子供を誘拐し、鍋で煮込んで食べる魔法使いの話」。
この影響から「人肉を食べること」に興味を持ち、高校生時代には精神科医に相談したりもしていました。(取り合ってもらえず)
成人後

そんなやばい嗜好を持った彼は成人後も
- 身長: 152㎝
- 体重: 35㎏
と体格には恵まれせんでした。
そんな体格に対するコンプレックスからか、「豊満な白人女性」にしか興味を抱かなかったといわれていま。
これが、大学在籍時の彼の一度の逮捕と、パリ人肉事件を引き起こしたと言われています。
逮捕歴とフランスへの留学

そんな佐川一政には一応逮捕された経歴があります。
それは彼が「和光大学人学部」に所属していた時、「中年のドイツ人女性宅」に無断で侵入(女性を人肉目的で食べるつもりだった)。
逮捕されましたが、父親の示談金で告訴はされず。
その後、大学を卒業し1977年にフランスの大学院に留学。
1980年に修士課程を卒業して博士課程に進学しましたが、1981年にパリ人肉事件を引き起こしました。
事件の流れ

この殺人事件の一連の流れを見ていきましょう。
- 1981年6月11日
- 同年6月13日
- 犯人の逮捕
それぞれ見ていきましょう。
1981年6月11日

フランスの首都パリの大学院博士課程の佐川一政は、友人のオランダ人女性(当時25歳)を自宅に招き入れた。
そして、背後からカービン銃で射殺し、衣服を脱がせて屍姦を行いました。
その後、
- 彼女の遺体の一部を生で食べる
- 遺体を解体し、写真に収める
- 遺体の一部をフライパンで調理して食す
というカニバリズムを行いました。
1981年6月13日

事件を起こし、バラバラにした彼女の遺体をスーツケースに収めた佐川一政。
フランスのブローニュの森の池に遺棄しようとしたところを目撃され逃亡。
目撃した人がそのスーツケースの中の遺体を発見し、警察に通報されました。
犯人の逮捕

通報の2日後に逮捕された佐川一政は犯行自体は認めました。
ただ、裁判では心神喪失と認められて「不起訴処分として無罪」となりました。
その後、フランス国内の精神病院に1年間入院しました。
そして、帰国して東京都立松沢病院にまた入院することになりました。
事件後の流れ

そして、この事件後の流れを見ていきましょう。
事件におけるとある問題点と、その後の佐川一政の生活について紹介していきます。
- 事件当時の問題点
- 作家として一躍有名人に
- 借金まみれに
- 犯人の今現在
この順番で見ていきましょう。
事件当時の問題点

事件当時の病院の診察で「腹膜炎」を「脳膜炎」と通訳が誤訳。
そのせいで、「心神喪失状態」という判断が下されてしまいました。
その後、松沢病院の診断は刑事責任は問えると判断して、「フランスに捜査資料の引き渡し」を依頼しましたが、フランス側は拒否。
フランス側は「不起訴処分の人間の捜査資料は引き渡せない」ことを理由としました。
この辺りはお互いの考えや思惑があったのかもしれません。
作家として一躍有名人に

病院から退院した佐川一政をマスコミが取り上げたことで、一躍有名人に。
小説家になり、一時期月刊誌や夕刊紙に取り上げられ、印税収入だけで月100万円になるほど。
時に講演やトークショー、1本30万円でAVにも出演するなど活発的に行動していきました。
借金まみれに

ただ、そういった活動も永遠には続くこともありませんでした。
2001年ごろには仕事のほとんどが途絶え、就職活動も過去の経歴からうまくいかず。
父親の財布から金をくすね、弟の私物を売り飛ばしたりしてお金を作りました。
そういったお金もなくなり、闇金にまで手を出すようになっていきました。
そういった行動も「白人女性と付き合うのにお金が必要」という理由でした。
佐川一政の現在

2005年には両親が死亡(母の方は弟が否定)。
佐川本人は闇金に追われて千葉県に逃亡し、父の遺産で借金を返済。
その時に持病の糖尿病が悪化しました。
2013年11月に脳梗塞で倒れ、「歩行困難になり、弟の介護を受けつつ年金と生活保護」で生活を続けていると言われています。
ただ、2010年のインタビューでは
白人女性は卒業しました。今は日本人の特に沖縄の女性に食欲を感じます。
と、特に反省している様子もなかったそうです。
ただ、少なくとも彼が同じような犯罪を犯すことはないでしょう。
検索してはいけない事件として

”パリ人肉事件”は画像がいくつもヒットされます。
「Google 画像検索」でも普通に出てくるので、調べたいという人は覚悟してください。
- 被害者の無残な頭部
- 残った足2本
という画像がヒットし,とても直視できるものではありません。
特に頭部に関しては見るも無残すぎて耐性が無い人に対しては、吐き気しか催さない可能性もあります。
こういった理由から、「パリ人肉事件」は検索してはいけない言葉として登録されています。
カニバリズムの危険性

人肉を題材にした映画などは結構ありますが、人肉を食べるということは倫理的にもダメですし、危険なことが多く潜んでいるといわれています。
- 血液からのHIV感染
- クール―病という狂牛病にも似た神経変性疾患で死亡する可能性
- そもそも死体損壊として犯罪になる
人肉を食べるという事を取り扱った作品は「グリーンインフェルノ」や「食人族」という映画がありますが、一応全部ハムとかで表現しているとのこと。
管理人はコマーシャルだけで見る気はなくなりましたが、見たいというチャレンジャーは頑張ってみてください。(18歳以下は見てはいけませんよ。)
まとめ: パリ人肉事件はこんな事件

今回は検索してはいけない事件の「パリ人肉事件」について紹介させていただきました。
犯人の異常な行動もそうですが、それを題材にして映画にするのはちょっとどうなのかなと思います。
という訳で今回のまとめ
- パリ人肉事件は1981年にフランスで起きたバラバラ殺人事件
- 犯人は「佐川一政」
- 幼少期に「人肉の話」を聞かされて興味を持つ
- 大学時代にも「白人女性宅への侵入」で逮捕(不起訴)
- フランス留学でオランダ人の女性をカービン銃で殺害
- 遺体を屍姦し、遺体の一部を食したりする
- フランスでは「心神喪失」から「不起訴、無罪」となる
- 国内でマスコミに取り上げられて一躍有名人に
- 脳梗塞で歩行困難になる(食人衝動は特に変わらず)
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