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【C-1隠岐諸島沖墜落事故】5名の自衛隊員が殉死した航空機事故とは?

C-1隠岐諸島沖墜落事故 飛行機事故・事件

今回お話するのは

5名の殉職者を出した事故

C-1隠岐諸島沖墜落事故

です。


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C-1隠岐諸島沖墜落事故

C-1隠岐諸島沖墜落事故

C-1隠岐諸島沖墜落事故は、2000年6月28日に発生した墜落事故。

美保基地所属のC-1輸送機が飛行試験中に墜落し、5名の殉職者を出してしまった事故。


事故原因は不明ではあるが、一説にはパイロットの操縦ミスという話がある。

7月1日の「航空自衛隊安全の日」が実施されるきっかけに。

航空自衛隊安全の日

1999年~2000年に連続発生した自衛隊航空機事故をきっかけに、7月1日に行っていた飛行訓練を安全教育を実施する日に切り替えた


機体C-1輸送機

簡単に事故を起こしたC-1機の詳細を書いておきます。

C-1は元々日本が戦後に初めて開発された国産の中型輸送機

試作機を含む31機が製造された。

  1. 通常乗員数: 60名
  2. 完全武装空挺隊員: 45名
  3. 患者: 36名
  4. ジープ級小型車: 3台
  5. 最短航続可能距離: 岐阜~北海道、岐阜~九州

2012年には老朽化も激しく、継続機のC-2も作られ新しく配備されている。


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事故当時の乗組員と試験内容

C-1隠岐諸島沖墜落事故

C-1輸送機の試験には5名の自衛隊員が

  •  機上整備員:1名
  •  空中輸送員:1名
  •  整備員:  1名
  •  パイロット:2名

の搭乗員として機体に乗り込んだ。

パイロットについて

機長: 川西隆一3佐

飛行時間6500時間を超えるベテランパイロット

副操縦士: 藤本あい2尉

飛行時間500時間という時間ではあるが、副操縦士の資格を取得しているパイロットで、当時は珍しい航空自衛隊4人目の女性パイロット


そして、試験内容は高度な操作技術を要する内容もあった。

全部ではないが、試験項目の中には

エンジンを停止して再起動させる。

空中で後部ドアを開く。

速度を落として失速状態での警報装置の作動を確認する。

など、パイロットに縁がない人間からしても、難易度の高い項目と分かる。

ただ、その試験に臨めるほどパイロットたちの技量が認められていた証拠になる。


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事故の流れ

C-1隠岐諸島沖墜落事故

事故当時はほぼ快晴で風も安定。

午後2時7分ごろに5人が搭乗したC-1は美保基地を離陸。

予定空域で機体は試験項目を順調にこなしていった。


午後2時35分ごろに機体は、「速度を落として失速状態での警報装置の作動確認」という試験内容を実施していた。

交信中の春日防空指令所が、謎の声(おそらく搭乗員)を受信。

その後2時36分に機体はレーダーから喪失し、緊急信号が点灯。

おそらくこの段階で墜落したとみられる。


回収と事故原因

C-1隠岐諸島沖墜落事故

事故発生後に隠岐諸島の漁師と航空救難隊が出動。

墜落地点の北西50㎞付近で機体の一部と救命胴衣を回収。

4日後の7月2日には海底200mに機体の残骸が発見され、10日までには4名、11日に1名の遺体が回収された。


墜落原因は飛行試験中に姿勢を回復できなかったことによる墜落。

ただ、その根本原因が機体が原因なのか、パイロットなのかは分からずじまい。

機体の残骸を調査しても、異常は見つからなかったと報告されたからである。

パイロットのせいにするのは簡単ですが、試験飛行というのは、理論的には問題ないものを実際に動かすわけです。

試作車を実際に走らせて危険な運転もさせれば、ドライバーの腕がよかろうが事故になる可能性は十分にあるわけです。


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まとめ: C-1隠岐諸島沖墜落事故

C-1隠岐諸島沖墜落事故

大型輸送機は操縦も難しいでしょうし、さらに試験飛行。

事故なく終える方が難しいでしょう。。。

実際に製品の制作のお仕事をしていると、よく分かります。

ましてや、「理論的には問題ないけど、実際に動かすとどうなるかは・・・・」なんてよくあることです。


今回のまとめ

  •  C-1隠岐諸島沖墜落事故は2000年6月28日に発生した事故
  •  C-1輸送機が飛行試験中に墜落し、5名が殉職
  •  難易度の高い項目の試験の最中に発生?
  •  機体と5名の遺体は全て回収された
  •  機体からは異常は見つからず、事故の根本的原因は不明
  •  7月1日の「航空自衛隊安全の日」が実施されるきっかけに
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